いつの間にか受取人が変わっていた
1 「いつの間にか受取人が変わっていた」とのご相談
少し前のことになりますが、知人のお子さん(学生の姉妹)から、次のような相談を受けました。
「私たちABの父Cは、生前、私たちを保険金受取人にして生命保険に加入していました。ところが、いつの間にか受取人が別の人に変わっていたようです。」
調査の結果、生命保険金はCの母親、つまりABの祖母Dに支払われていたことが判明しました。
受取人がABからDに変更されていたのです。ちなみに、Dは当時80歳を超えていました。
「娘を受取人にしていた父親が、わざわざ自分の母親に変更するだろうか」──誰もが首をかしげるところです。
さらに、受取人の変更が行われたとされるのは、Cが亡くなる数週間前であったことが判明しました。
当時Cは入院中で、病状から見ても、受取人変更の手続きを自ら行える状態ではありませんでした。
2 調査・請求と保険会社の対応
私たちはCが入院していた病院からカルテ等の資料を入手し、主治医から事情を聴取した上で意見書等を作成してもらいました。
そのうえで、「受取人の変更は無効である」として、保険会社Eに対し保険金の支払いを請求しました。
EはテレビCMなどでもよく知られる老舗の生命保険会社です。
当然、簡単に非を認めることはなく、証拠を示して交渉してもなお、回答は次のとおりでした。
「C様が受取人をD様に変更された以上、AB様への支払いはできません。」
やむなく、ABを原告、Eを被告として訴訟を提起することにしました。
なお、Dは自ら弁護士を付け、Eを補助する形で訴訟に参加しました(民事訴訟法上の「補助参加」)。
Eが敗訴すれば、Dは受け取った保険金を返還しなければならないため、E側に立つのは当然といえます。
3 争点 ―「C本人の意思表示」はあったのか
保険法43条2項は、「保険金受取人の変更は、保険者に対する意思表示によってする」と定めています。
したがって本件の主要な争点は、CがABからDに受取人を変更する意思表示をしたかどうか、という一点に尽きました。
保険会社は通常、受取人変更の際に契約者本人の署名(自署)を求めます。
Eも、Cが署名したとされる受取人変更届を証拠として提出しました。
Eの主張は、「Cの病室において、Dとその長男F(ABの叔父)が立ち会い、営業担当Gの面前でCが自署した」というものでした。
なお、Gは、Dと何十年も付き合いがあるベテラン営業員です。
4 裁判所の判断 ― 署名は本人のものではない
裁判は長期化しましたが、最終的に裁判所は「Cが自署したとは認められない」と判断しました。
つまり、C本人の意思による受取人変更は存在せず、変更は無効であると認定されたのです。
その結果、EはABに対し保険金を支払うよう命じる判決が下されました。
なお、Eは「Cの意思に基づいて代筆したものだ」という主張もしましたが、それも退けられました。
Eは判決を不服として控訴しましたが、控訴審の裁判官の心証も同じでした。
最終的には和解となり、ほぼ請求額どおりの金額で決着しました。
約9割をDがABに支払い、残りの約1割をEがABに支払うというような内容の和解です。
5 この事案が示すもの
裁判所の判断は「Cが自署したとは認められない」というものでした。
裏を返せば、「誰かが署名を偽造した」ということになります。その“誰か”については、言うまでもありません。
第一審判決ではこの点に直接触れていませんが、実質的にはこのような判断をしているということになります。
また、D・F・Gの3名は証人尋問において「偽りを述べない」と宣誓したにもかかわらず、偽りの証言を行ったことを意味します。
とりわけ問題なのは、保険営業員Gです。
Gの積極的関与がなければ、Eが受取人変更届を受理することも、Dに保険金を支払うこともなかったはずです。
当然、そのような社員を抱える保険会社Eにも、組織としての責任が問われるべきです。
ちなみに証人尋問の当日、傍聴席にはEの関係者がずらりと並んでいました。
私や裁判官、もしくは保険営業員G、はたまたEの代理人弁護士に対して、何らかの“圧力”を感じさせる意図でもあったのでしょうか……。
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